
松丸泰之 (まつまる・やすゆき)
昭和17年群馬県生まれ。42年間のサラリーマン生活を終えて、平成14年に定年退職。定年後は本人曰く「今を楽しく」をモットーとして、旅行、絵手紙、家庭菜園、グランドゴルフ、スイミング、カラオケなどを楽しんでいる。神奈川県座間市在住。64歳。

「元気な躰、たっぷりの時間」をどう過ごすか
定年後の生きる知恵と行動を考える
定年後の過ごし方は人それぞれだが、松丸泰之さんの生き方を
「うらやましい」と思う人も多いのではないだろうか。
その生き方とは?
念願だった車で35日間かけて日本一周を実現
「今を楽しく」モットーに、年間100日は旅の空
──団塊の世代が定年を迎える年齢になり、定年後をどう生きるかが大きな問題となってきました。松丸さんは、「元気な躰、たっぷりの時間、少々の小遣いで旅行三昧」と、地球・絵手紙ネット協会の季刊誌に書いているくらい旅行好きで、定年後の過ごし方として、知人からも「うらやましい」と言われるそうですね。年間どのくらい旅行をしているのですか。
「計算してみたら100日くらいは家にいませんね。北海道や九州へ行く時は一ケ月くらい廻っています。同じ所でも新しい発見もあるし、視点を変えると違った楽しい旅ができます。」
──旅行は定年になってからの趣味ですか。
「在職中から旅行は好きで、若い時はバイク、中年からは車で各地を廻っていました。定年前の8年間、福島県いわき市に単身赴任していた頃は毎月のように車で東北地方を回って、有名な温泉はだいたい入りましたね」
──定年でたっぷり時間ができて、待ってましたですか。
「はい、永年勤めてきたので、あとは自分へのご褒美で好きなことをして遊ぼうと思っていました」──奥さんはなんと。
「できる時にやりたいことをして、お互いに楽しく暮らしましょうね、と。但し、自分の小遣いの範囲でネ、と釘をさされていますけどね」
──車で日本一周をなさったと聞きました。
「定年になって一番やりたかったのが車で日本一周でした」

──出発はいつですか。
「平成15年5月13日です。梅雨入り前に九州に入ろうと思っていたのを覚えています。家を出て静岡、愛知、和歌山と南下して、四国を一周。さらに中国地方を抜けて九州を回り、本州に入って山陰、北陸の日本海側を北上して、北海道は時計廻りで走りました。そして再び本州に入り太平洋側を南下して、35日間で日本一周をしました」(最後の行程表参照)
──旅の目的、テーマのようなものはあるのですか。
「大雑把には決めて出かけます。日本一周の時は“橋”をテーマに出かけました。静岡県の木造橋・蓬莱橋(ギネスブック登録897メートル)や熊本県の水道橋で有名な通潤橋、それから青森県の木製の橋・鶴の舞橋、北海道小樽のアーチ橋の張碓橋などです。昨年5月はほたるを見たくて鹿児島県の串木野と大分県の湯布院や佐伯市に行きました。一時は祭も随分見に行きました。青森のねぶた、福島の相馬野馬追い、富山の風の盆、徳島の阿波踊り。あとは北海道の無料の露天風呂巡り。熊の出そうな山の中や干潮時にしか入れない海中温泉、これぞ秘湯と呼ぶにふさわしい温泉に出会うと嬉しいですよ。桜前線の追っかけもやりました」
──すごいですね。小遣いの範囲内でできますか。
「日本一周の時は例外で、宿泊費、ガソリン代、食事代など約四十二万円。はじめの頃は午後3時頃になると宿泊施設が載っている「全国公共宿泊ガイド」で一番安い宿泊施設を探して電話で予約をしていました。後半は道の駅の駐車場に車を停めて車中で寝るようになって、宿泊代はゼロです。その他、例えば九州を一ケ月廻って約18万円、北海道は約20万円です。北海道が高いのはフェリー代がかかるからです」

──風呂はどうしているのですか。
「日本中に温泉があります。見つからなければ人に聞くんです。大きな町、村にはたいてい温泉があります。観光客が知らない地元の人だけが行く温泉とかね。地元の人と一緒に入って世間話をするのが、旅の楽しさでもあるんです」
──最初に車の中で寝たのはどこですか。
「日本一周の時の四国・足摺岬の道の駅です。慣れていないのでなかなか寝つけなかったことを覚えています。最近の旅はほとんど道の駅の駐車場で車中泊です」──道の駅には詳しいそうですね。
「『道の駅』はドライバーのための24時間オープンのトイレ、洗面所付きの休憩施設で、本当に助かりますよ。第三セクターで運営している所が多くて、清潔、安全、快適が売り物で、中には温泉のある道の駅もあります。最近は町起こしの一環で、近隣で採れた野菜やお土産などを売る店や食堂を付設している所も半分くらいあります」
──東京では見かけませんね。
「東京はゼロ、神奈川も2箇所と少ない。大阪、長崎、沖縄なども少なくて5箇所以下。一番多いのが北海道で90を越えます。二番目が岐阜県で40箇所以上あります」

旅先の風景、匂いを嗅ぎながら
無理せず、気ままに風まかせ
──松丸さんの車旅行のスタイルは?
「行き先はガイドブックやインターネットで調べて、コースは右に行ったり、左に行ったり、戻ったり、気ままな風まかせです。疲れたら昼寝をして、景色が良ければ車から下りて、積んでいる折り畳み自転車で街や港、川の土手などサイクリングやスケッチをします。雨の日は図書館でたまったスケッチを整理したり。それと泳ぐのが好きで、水着を必ず持参します。天草の海や四万十川も泳ぎました。そうして、夕方になったら近くの道の駅で泊まる。とにかく無理はしないように気をつけています」
──車で旅をしているといろんな人に会うそうですね。
「ええ、徒歩旅行、自転車、ヒッチハイク、オートバイ、車、本当に多彩です。自転車やバイクは若者、車はほとんど中高年です。立派なキャンピングカーで優雅に移動の人もいれば、軽自動車で日本列島を縦断している人もいます。印象に残っているのは旅日記に“シルバーシスターズとの出逢い”と書いた宮崎県の60代半ばの姉妹ですね。襟裳岬へ向かう途中、道路脇で屋根に布団を干している宮崎ナンバーの軽自動車があって、夕方帯広の道の駅で会ったので声をかけたんです。前の年も同じように宮崎から40日間くらいかけて北海道巡りをしていて、“ホームレス姉妹”と間違われたこともあったと笑っていました。奥さんを亡くして、家を売ってキャンピングカーに家財道具一切合切積んで日本中回っている70歳くらいの男性や、ハングライダーとスキー、アコーデオンが趣味といって、名刺の裏に戒名として、“道楽院空雪風琴短足居士”と書いている人もいました」
──旅を楽しくする秘訣は何ですか。
「話をする機会がある時は、自分の方から挨拶をしています。旅では利害がないし、私も肩の力を抜いていますから、相手が偏屈な人でなければ旅話に花が咲き、観光地情報とか得ることができます」
「北島三郎の〈はるばる来たぜ、は〜こだて〜〉じゃないですけど、旅は『はるばる感』がいいですよね。お金がもったいないこともありますけど、基本的に高速道路は使いません。時間もあるし、その町、その町の風景、匂いを嗅ぎながら旅をする、車で旅をするとそれが一番味わえます。駅と港にはよく寄ります。駅はその町の看板、港は活気があり、生活臭があり、演歌がありますよね。浜で釣りをしている人と話をしたり、漁師さんと話をするのが好きですね。観光というよりも、その場所に行って生活をするような感覚になれればいいなと思っているんですけどね」
──随分社交的な性格ですね。
「自分では人見知りする方だったと思うのですけれど、定年後、変わってきたと思いますね。先程も話しましたように旅行に出た時は自分の方から話し掛けて親しくなるように努めてしています」
──旅で友達になった人も何人かいるそうですね。
「札幌雪祭りツアーで知り合った茨城のSさんとはその後海外旅行に一緒させてもらったり、東北への行き帰りにお宅に寄せてもらったり親しくさせてもらっています。奥さんもとても良い人でメル友になりました。北海道・十勝のヌプントムラウシという秘湯で出会った長崎県のKさんご夫婦とは、翌年九州旅行の際に長崎やハウステンボスを案内してもらったり、秋には北海道で落ち合って食事をしたり、飲んだりしました。小笠原ツアーで親しくなった千葉のAさん、新潟のSさんもいます。この人達は私の大切な旅仲間で旅行の情報や近況のやりとりをして、私も下手ながら絵手紙を送らせてもらっています」
──最近はご夫婦で旅をする姿をよく見かけますが、松丸さんは奥様と一緒に旅はなさらないのですか
「家内は仕事をしていますから1〜2泊程度の旅行はしますが、私みたいな車中泊で何週間も、というのは少しハードですからね。『奥さんは?』とか『奥さんいないのですか?』『よく奥さんが許してくれますね』と聞かれますが、放っといて下さい(笑い)」
家にこもらず、外に出よう
──寅さんみたいですね。
「いえいえ、よく誤解をされるのですが、私は糸の切れた凧ではなくて、糸のついた凧です。旅先から電話かメールで、今夜は何処に泊まっているとか、連絡はしています。家族に心配をかけないのが最低の義務ですから。『亭主元気で留守がいい』でないと」
──車以外でもいろんな旅行を?
「車で行けないところはツアーで行きます。海外は料金の安い時を狙って。今年は1月にイタリアに行きました。昨年末にエジプト、トルコ、その前に中国、タイですね。ハワイは家族で行きました。安いといってもイタリアで20万円くらいします。でも日本の離島の方が割高ですよ。一昨年台風で有名な沖縄の南大東島に三泊四日で行ったけれど16万円くらいかかりました。ほかに種子島、小豆島、壱岐などは車を港に置いて自分の自転車で島巡りをしました」
──最近、旅先から絵手紙を出すようになったそうですね。
「昨年九州旅行に出かける時に、絵手紙の先生から『旅先から絵手紙を皆さんに出せば、喜ぶんじゃないですか。出して下さいね』と半ば強制的に言われて(笑い)、スケッチにするようになったんです。それまでは写真でしたが、昨年秋の北海道旅行では写真は15枚くらいで、あとほとんどスケッチです。最近の絵手紙の道具はコンパクトですから、海外旅行にも携帯して出かけるようにしています。描いていると時間がゆっくり流れていくような感じでいいですよ」
──きっかけは。
「3、4年くらい前に実家の母の耳が遠くなってきて、電話をしてもなかなか会話がうまくいかなくて、絵手紙のようなものを書いたら楽しいかなと思ったのがきっかけですね。田舎には私からの絵手紙が何枚も張ってあるんですよ。それから自己流で描くよりも教室で習った方が上達すると先輩にも言われ、習い始めて1年半ですね」
──松丸さんの生き方はうらやましいですね。
「とんでもない。私も自分ができない、もしくはしていない事をする人達は見ていてうらやましいと思っています。私のやっていることは、それこそ“元気な身体に、たっぷりの時間と少々の小遣い”があれば誰でもできることです」
──定年後も元○○会社副社長とか、元○○公社理事といった現役時代の肩書きを印刷した名刺を出す人もいます。なかなか頭の切り替えができない人も見受けられます。
「その話を聞くと、昔見た稲垣浩監督の※映画「がらくた」を思い出します。室町時代末期、船が難破して無人島に着いたお大尽や役人らが、数カ月後に救けられて再び元の生活に戻るまでを描いた映画です。彼らは無人島では何の役にも立たず、しいたげられていた若者が寝所を作ったり、魚をとったり、自然と集団のリーダーになるのですが、都に戻るとまた彼らが威張り出すという内容です。定年後は無人島に漂流してからの自分なんです。定年後に役に立つのは在職中の地位や役職ではなく、生きる知恵と行動だと思うんです。そういう人達は『今の自分を見て下さい』じゃなくて、『俺はこれだけのことをしてきたんだから、その分認めてくれ』と言っているように聞こえます。そこを切り替えていかに楽しく過ごせるか考えた方がいいと思います」
──定年後の過ごし方で何かアドバイスはありますか。
「私の方が聞きたいくらいです。ただ“濡れ落葉”だの“ワシも族”と言われないようにしたい。孫が大きくなっても“粋爺”とか“意気爺”と思ってもらいたいですね。外に出れば自分で判断し、行動し、対処しなくてはならない非日常の緊張感、刺激があります。パソコン、テレビ、読書も結構ですが、家にこもらず外に出ましょう」
※ 映画「がらくた」(1964年 東宝作品 稲垣浩監督 市川染五郎(松本幸四郎)、大空真弓、有島一郎、中丸忠雄、平田昭彦、星由里子出演)


定年退職(2002年7月)から約一年後に実行
最初の日本一周スケジュール(2003年5月13日〜6月17日)
神奈川県座間市の自宅出発(5月13日)→静岡県大井川・世界一の木造橋蓬莱橋→御前崎→愛知県渥美半島・伊良湖到着/走行距離304キロ (国民宿舎泊)/ 5月14日発→名古屋市内抜け三重県伊勢神宮→志摩→鳥羽着/走行距離314キロ(厚生年金職員宿舎泊)/発(5月15日)→一日雨、伊勢志摩→熊野→那智滝→白浜を抜けて和歌山城到着/走行距離407キロ (共済会館泊)/発(5月16日)→和歌山城→紀ノ川→大阪市内を抜け→兵庫県明石を見学→淡路島→鳴門海峡を渡り→四国へ入る→徳島県室戸岬着/走行距離379キロ(初めて室戸岬道の駅泊)/発(5月17日)→土佐湾を左手に日本三大鍾乳洞の一つ香南市龍河洞→高知市はりまや橋→桂浜・龍頭岬・坂本竜馬像対面→四国最南端・足摺岬着/走行距離293キロ(共済地方職員会館泊)/発(5月18日)→宿毛→愛媛県宇和島を抜け八幡浜→佐田岬半島・九州が見える佐田岬→みかん畑抜け→松山市内→道後温泉着/走行距離450キロ(みかど温泉伯)/発(5月19日)→新居浜を抜け香川県金比羅神社→淡路島→鳴門大橋→姫路城→岡山着/走行距離347キロ(健保会館泊)/発(5月20日)→岡山城→倉敷→広島平和記念公園→山口・錦帯橋→宇部市着/走行距離332キロ(厚生年金ウエルサンビア宇部泊)/発(5月21日)→関門トンネル・福岡県を抜けて→大分県宇佐神宮→両子寺→国東半島を南下→別府→臼杵市臼杵石仏→佐伯市マリンカルチャーセンター着、併設水族館でマンボウを初めてみる/走行距離343キロ(同センター地)/発(5月22日)→延岡市を抜け高千穂町→天岩戸神社→高千穂峡でボートに乗る→宮崎市を抜け→日南市着/走行距離313キロ(日南ハートピア泊)/発(5月23日)→都井岬→九州南端大隈半島の佐多岬→桜島→鹿児島着/走行距離413キロ(友人宅泊)/発(5月24日)→鹿児島市内観光・釣りを楽しむ/走行距離25キロ(友人宅泊)/発(5月25日)友人夫妻と知覧の武家屋敷・特攻隊記念館巡り→指宿温泉→薩摩半島枕崎→増元留美さんが拉致された今井浜を見て→鹿児島着/走行距離220キロ(友人宅泊)発(5月26日)→熊本・阿蘇山→熊本城→アーチ式石造りの水道橋・通潤橋を巡り→北上し佐賀市着/走行距離380キロ(佐賀青年会館泊)/発(5月27日)→有明海を左手に南下→長崎県雲仙→島原→長崎平和公園→平戸大橋を渡り平戸→再び佐賀県に入り伊万里着/走行距離380キロ(伊万里会館泊)/発(5月28日)→唐津城→福岡県博多→玄界灘・関門海峡渡り本州へ→日本海側を走り山口県萩市着/走行距離322キロ(道の駅泊)/発(5月29日)→津和野→島根県出雲大社→宍道湖→松江城→鳥取市着/走行距離370キロ(厚生年金会館ウエル鳥取泊)/発(5月30日)→日本海を東上し京都府天橋立→舞鶴港→敦賀を抜けて福井市着/走行距離401キロ(厚生年金会館福井泊)/発(5月31日)→一日雨、石川県金沢市→富山市を抜け→宇奈月温泉→トロッコ列車に乗る→新潟県親不知子不知→山形県温海(あつみ)温泉着/走行距離509キロ(道の駅泊)/発(6月1日)→一日雨、山形県酒田→本間家見学→八郎潟→不老不死温泉→五所川原→青森市着/走行距離400キロ(青森厚生年金会館泊)/発(6月2日)→下北半島を北上し大間からフェリー(大間-函館)→北海道に入り函館山に登る(時計廻りで)→江差町着/走行距離413キロ(町営自然休養村泊)/発(6月3日)→日本海側を北上→積丹半島神威岬→小樽・余市→札幌→金山着/走行距離453キロ(かなや保養センター泊)/発(6月4日)→映画「ぽっぽや」の舞台となったJR根室本線幾寅駅→かなやま湖→富良野→北上し日本海抜け→羽幌→稚内着/走行距離514キロ(さろふつ道の駅泊)/発(6月5日)→オホーツク海を左手に見ながら→紋別(ネズミ捕りに引っかかる)→サロマ湖→網走→斜里→海別着/走行距離331キロ(ウナベツ自然休養センター泊)/発(6月6日)→知床→カムイワッカ→知床大橋→知床横断道路→羅臼→熊の穴(ラーメン店)に立ち寄り→根室海峡に突き出した野付半島→根室・風蓮湖着/走行距離311キロ(道の駅泊)/発(6月7日)→根室→根室半島の納沙布岬から北方領土臨み→釧路湿原→忠類着/走行距離464キロ(道の駅泊)/発(6月8日)→黄金ロード走り→襟裳岬→競走馬がいる新冠→札幌着/走行距離325キロ(厚生年金会館札幌泊)/発(6月9日)→室蘭・地球岬→赤い靴の女の子像がある留寿都村→函館→フェリー(函館-大間)で青森県着/走行距離439キロ(道の駅泊)/発(6月10日)→岩手県八幡平で山登り→後生掛温泉→秋田県乳頭温泉→一気に南下し岩手県・宮城県を抜けて福島・相馬着/走行距離453キロ(道の駅泊)/発(6月11日)→福島・いわき市の友人宅着/走行距離70キロ(友人宅6泊)/発→座間市自宅着/走行距離260キロ
データ 全走行距離11、000キロ、宿泊費88、225円、ガソリン代113、386円、その他、食事、フェリー代(本州-北海道)、北海道警への寄付など。総額約42万円。

掲載した絵手紙はすべて松丸さんが旅先で描いた作品
撮影/奥山美奈子



